リッチ化するコンテンツの波に乗るための瞬発力

可処分時間を奪い合うコンテンツ開発の流れは大きく別れて二極化している。

1つ目が大作化の流れである。
これはハリウッド映画をはじめとして「ヒト・カネ・モノ」の膨大なリソースをベースに作る超ド級のAAA(トリプルエー)作品群である。
つまり、巨額の資本力を元に最高のエンターテイメントを追求する方向性が大作化である。
昨年のゲームで言えば、RDR2(レッドデッドリデンプション2)がそれの代表格にあたるだろう。(開発期間8年、キャスト1,200人、セリフ50万桁、モーションキャプチャ2,200日の撮影、、、どれだけの開発費用がかかったのだろう、、、)

2つ目がマイクロコンテンツ化の流れである。
動画で言えばYoutube / TikTok などのように、短尺&細分化されたコンテンツのことだ。
映画やゲームのようにユーザーに対して一定以上の長時間の拘束を強いることない分野だ。
それ故にコンテンツ消費に至るユーザーの敷居は低く、個人ベースのライトなリソースでもニッチなポジショニングさえとれれば満足度が高いコンテンツを作成していくことも可能なジャンルだ。

後者のマイクロコンテンツ化の流れは直近はじまったものではなく、ここ15年ぐらいかけてプラットフォームを中心にゆっくりと整備されてきた。
例えば音楽で言えば、アルバム売りから曲単位の販売になったのがわかりやすい例だし、テキストサイトはBLOGを経てさらにマイクロBLOGであるTwitterが伸びた。
さらに近年のTikTokの伸びは動画のマイクロコンテンツ化の流れも加速させた。

この2つの大作化とマイクロコンテンツ化の両方に大きく影響を与えているものが、通信回線やデバイススペックの進化である。
大作化はこれらの技術進歩に対して全体的なクオリティアップの方向に影響がでる
一方でマイクロコンテンツに対してはより瞬発力を求められる方向に影響がでる

マイクロコンテンツ側がさらに瞬発力を求められるというのは、より瞬間瞬間の情報密度を高める方向性に進化が求められるということだ。
Youtuberがその動画中のコメントを継ぎ接ぎしてテンポをよくしているように、時間単位での情報密度が求められる。
しかしマイクロコンテンツの担い手はリソースが少ない個人であることも多いため、密度を高めるためにはよりマイクロ化していかなければ時間単位の情報密度が高められなくなる。(コラボレーションなどの働き方の変化を加味しない場合)

4Gが5Gになり、モニターからVR/ARに移るような大きな技術変化があるタイミングでは、マイクロコンテンツはさらなる瞬発力を求められていくと考えている。
もちろん受け手側の情報処理を加味すると時間単位の情報密度という観点からも限界はある。
だが、マイクロコンテンツ市場で新しいコンテンツを進めようとする場合には、そのコンテンツの時間単位の情報密度を高めるとどんなコンテンツができるか?という思考実験が大事になってくるだろう。

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