「大人の事情」を無視する大事さ

  『大人の事情はプレイヤーに関係ない』という趣旨の文章を読んでハッとさせられた。

<大人の事情はプレイヤーには関係ない>
これは、弊社の代表アカホシこと谷田がよく口にするセリフです。(意訳してるけど)
大会を運営する上でどれだけ理不尽があろうとも、不条理があろうとも、そんなのプレイヤーには関係ない。
彼らが、「ゲームむっちゃやってきて良かったな。頑張って練習してきて良かったな。この舞台に立てて良かったな。」と思って貰えるように、俺たちはとにかくその為に頑張ろう。
▼ボクらesports専業会社がもっと強くならないといけない
https://note.mu/wp_zukaki/n/n6c57a5eb842f

  この「大人の事情」「関係者の都合」は、言い訳がましく言葉に発することがなくても、無意識に僕らにバイアスをかけてくる。サービス提供者や創り手は、提供側の背景や事情を意図することなく利用者や消費者に押し付けがちだ。この「こっち側の都合」が無意識に入り込んでしまうことを理解できないと、自分たちが提供するサービスを縮こまらせてしまう原因になる。

   サービス提供側はつねに人金物のリソースという「提供者側の都合」に悩まされている。しかしリソース都合を意識することは、同時にユーザーファーストの視点を失わさせる隠れ蓑を生み出してしまう。本来は利用者や消費者に対して最高のサービスを提供していくはずが、いつの間にかリソースに合わせて提供することがゴールになってしまう。リソースベースでその器に合わせたサービスを考えていては、いつまでたってもリソースで提供できることの枠組みを超えることができない。提供する側の様々な都合を無視して、考えていったときジャンプアップしていくヒントが表出してくる。リソースの問題は「あれはできない、これはできない」という「できない」を克服する思想に対して弱い。「大人の事情」を捨ててから思考しないと逆転の発想をしていくチャンスが生まれない。

  もちろん形にしていく段階ではそういった「大人の事情」を考慮するタイミングも大事だけれども、「大人の都合」を一旦許してしまうと、それは無意識下に強く根付いてしまい、それ以上の変化を生み出せなくなってしまうことが多い。だから「大人の都合」に対して目を光らせることが大事になってくる。

  どれだけ準備をしていても、外部環境の変化で準備が台無しになってしまうことは往々にしてあるし、努力が成果に繋がらなかった理不尽さに身悶えすることもある。でも努力したけど結果に繋がらなかったということは、自分の中の「大人の事情」を突破して利用者便益を生めなかったということなのだ。「大人の事情」や「大人の都合」といった、思考の足枷を外すということを意識づけてから思考することで、ユーザーに提供すべき内容もシンプルに研ぎ澄まされてくる

(これはあくまで思考方法の話であって、コストダウンしまくってユーザーに対して提供価値をあげていくという話ではなく、知恵をひねり出すときの足枷外しのプロセスとしての話。)

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