【読書メモ】『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』 / 須田 仁之

この本を読んでいたら大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』を高校時代に読んでいたときと同じような感情がフラッシュバックしてきた

「ダサいことしてるな…俺 … 」って感じる瞬間は、人生で幾度と無くあると思う。
でも恥ずかしいことって、誰にも話さずに自分の心の中にしまってしまうことがほとんどだ。
ただそうやって臭いものに蓋をしてしまうと、モヤモヤした気持ちは昇華されにくい。
でも同じような悩みだったり課題を赤裸々に語ってくれたり、作品にしてくれる人がいるから、僕らのそんなモヤモヤは昇華されていくのかもしれない。

『仕事』と『恋愛』

オトコってみんな結局、仕事と恋愛ぐらいしかしていないんじゃないだろうか。
食べる、寝るの基本行動は別にして。
しかもその2つはこの人類の歴史上でみんなやってきたにもかかわらず、学校の事業では一切教えてくれない。

20代、多くの人は『仕事』と『恋愛』の壁やトラブルに直面する。
それらをスマートに解消していく人もいれば、泥水すするような思いをしながら努力して克服する人もいるし、挫折してしまうこともあるだろう。
本書の主人公も漏れなくそれらの壁やトラブルに巻き込まれることになる。
しかしこの本に引き込まれるのは、そこに一切の「意識の高さ」がないことだ。
「ダサいことしてるな…俺 … 」と感じている等身大そのままの描写がそこにはある。
どこか自嘲気味に語られるエピソードに笑いながらも、どこか自分と照らし合わせて共感していることだろう。

ふと高校時代の予備校の教師が「青春」について語ってたことを思い出した。
世の中の文脈では「青春」って美しかったり、爽やかだったり、キレイで尊いものとして表現されることが多い。
でもその予備校の教師は『多くの人にとっての”青春”は、青臭くて、恥ずかしくて、もっと昇華できないモヤモヤしてたりドロドロしてたりするものだ』と表現していた。
そういった決して綺麗ではない「青春」について蓋をせずに向き合うきっかけを本書は与えてくれるかもしれない。

「俺、渋谷よりはさー、なんか新宿がいいんだよねー。渋谷って何かキザで調子に乗ってる感じあるじゃん。新宿はあの雑踏感がいいよね」
語尾に「じゃん」をつけて話すようになっていた。

(全く同じこと言ってた記憶が蘇ってきた…)

天才視点ではないインターネット誕生の歴史

インターネット史の多くの物語は、立ち上げの中心にいた「天才」の視点から語られる。
本書の面白いところは、混沌とした日本国内のインターネット誕生の物語を、現場視点から疑似体験できることだ。

「おい! NTT回線工事の件はどうなってるんや! 担当のあいつはどこいった?」(孫社長)
「休みなしの連続深夜残業により、さすがに倒れてしまって病院いってるみたいです! 携帯も繋がりません!!」(現場)
「おい! そんなんじゃ間に合わんぞ!! 誰か代わりをアサインしろ!」(孫社長)
「顧客データベースのほうはどうなってるんだ! 2ヶ月でできると言っとったじゃんか、あのソフトバンク・テクノロジーから来たあいつはどこいった?」(孫社長)
「過労なのか、彼は昨日から出社しなくなりました!」(現場)
ベトナム戦争でゲリラ戦を戦っているようだった。現場は常にギリギリの戦いを強いられ、みな疲労困憊 し、負傷兵が絶えなかった。

それぞれのエピソードで笑いながらもコンプラ違反スレスレ(いやむしろオーバーキル気味)の事案も多く、当時のリアルにヤバイ雰囲気感を堪能できた。
インターネットの立ち上がりのタイミングに携われた人たちに対して憧れ持つことも多かったけど、学生としてその利益を享受していた方がよかったのかもしれない。

本書を手にとったきっかけ

『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』というタイトルだけで、自分がこの本を手に取ることはなかったかもしれない。
先に須田 仁之さんという人物に興味を持ったことが本書を手に取るきっかけになった。
きっかけとなった記事がこれ。

タイトル的には少し食わず嫌いしたくなる気持ちもわかるけど、疲れ顔の若手にこそ読んで欲しい本だなと感じた。(笑いながら読めて元気が出るよ)


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